
丁寧な手仕事が紡ぐ鶏料理で真心の味わい「やすい直(なお)」
三条室町、通りから見える白地に大きく『鶏』と書かれた提灯が目印。ここはいわゆる「焼き鳥屋」ではなく、鶏を中心にしたお料理が味わえる「鶏料理の店」。落ち着いた店内は、店主のこだわりが光ります。やすい直(なお)の店主・安居直幸さんにお話を伺いました。

長時間炊き続けて生まれる味
ーー以前、たまたまこちらのお店に伺い、突き出しの鶏だしのスープがとても美味しくて。とても濃厚なスープで印象的でした。お客さんから評判では?
ありがとうございます。喜んでいただいていると思います。このスープは以前勤めていた鶏料理屋で学んだレシピをベースに、少しずつ自分なりに配合を工夫してきたものです。食べる前に飲んでいただくことで胃に膜ができて、もっとたくさん食べて、飲んでいただけるんじゃないかと(笑)。
ただ仕込みはとても大変で。まずは「炊き」に5時間ほど。それからいろいろ手間をかけて、お客さんにお出しするまでにトータル10時間ほどかかっていますね。

ーーそんなに!?毎日だと大変ですね
他の料理の仕込みもあり毎日は作れないので、多めに作って日ごとに味を確認ながら微調整しています。炊いている間はつきっきりで鍋をかき混ぜないとこげてしまうこともあるので、手が離せないんですよ。
運とご縁に導かれて、この場所へ
ーー料理人になるきっかけなどを聞かせてください。
僕は福井県出身なのですが、通っていた高校に京都の繊維関係の会社が運営するレストランから求人募集がきていて、それに応募したことが料理の道に進むきっかけでした。同級生は専門学校へ進学する人も多かったですが、僕は早く社会に出たかったので、就職を希望しました。親戚に仕出し屋で働いている人がいて、飲食業には少し馴染みもありましたし、そもそも食べることも好きなこともあって、思い切って料理の道に飛び込んでみようと。
ーーそれまで料理の経験はあったんですか?
ほとんどなかったですね。高校時代にお寿司屋さんでアルバイトをしたことはありましたが、雑用係だったので調理をすることはなく、本格的に料理に関わったのは京都に来てからです。
最初に勤めたのはイタリアンレストランでしたが、「調理係」ではなく「ホール係」だったんですよ。既に料理人が3人もいたので、「ホールに入ってくれないか」と。でも人と話すことは好きな方なので接客は全く苦ではなかったです。むしろその経験のおかげでホールの仕事の大切さを学べて、いい経験ができたと思っています。
そのうち店舗が増えるタイミングで、少しずつ調理の仕事もさせてもらえるようになりました。料理に関わっていくうちに、もっと他の料理を覚えたくなって、ツテもない中でイタリアンの店を辞めて、当時住んでいた近くの鶏割烹料理店で働くことになりました。そのお店は鶏料理だけでなく、魚料理や季節料理も充実していましたね。今の「やすい直」の雰囲気に通じるものがあります。
その2号店でも働きましたが、魚をもっと本格的に扱えるようになりたいという気持ちが強くなってきて、調理師免許も取得していたので、知り合いの紹介で魚中心に扱っているお店に転職しました。あとで知ったのですが、知る人ぞ知るお店だったようです。調べもせず、「ご縁があるなら」と飛び込んだんですが、非常に忙しいお店でした。でも、3年ほどしっかり働かせてもらいました。

ーーその後、独立を考えられたんですね。
そうですね。次に働いたのは祇園にある割烹料理店で、比較的カジュアルな雰囲気でしたが、カウンターもある本格的なお店でした。そこでは煮炊き物や焼き物など、和食の基本を任せてもらっていました。
ただ、キャリアを積む中で、役割やポジションが固定されてしまい、「やってみたいことができない」というもどかしさを感じるようになってきたんです。年齢的にもあきらめも含めて、これからのことを真剣に考えるようになっていました。
そんな時、知人から「そろそろ自分の店を出して勝負してみたら?」と言われて、背中を押されました。それで物件探しを始めて、今のこのお店をオープンすることになったんです。
ーーそれがこのお店なんですね!落ち着いたいい場所ですよね。
そうですね、実はこの場所に出会うまで、1年くらいかかりました。知り合いも頼りましたし、街中うろうろして歩き回ったので不審者のようだったかも(笑)。なかなか見つからず、もう福井に帰ろうかと考え始めた頃に、ちょうどこの物件を紹介してもらったんです。思っていたより広くて少し迷ったのですが、返事を急がなければならなかったため、晴明神社で方角を見てもらいました。
占いの結果は「悪くない。始めれば何とかなる」とのことだったので、思い切って決断しました。今思えば、これまでの経験も含めて、運とご縁に恵まれてきたのかもしれません。


いわゆる「焼き鳥屋」ではなく「鶏料理の店」
ーー店構えや雰囲気も含めて、「鶏料理の店」というスタイルを選ばれた理由は?
うちの店はビルの奥まった場所にあるので、何か特徴を出したいと思って「鶏料理の店」としました。店構えも、以前働いていた鶏割烹のお店のようにカウンターを中心とした落ち着いた雰囲気にしたかったんです。かなり理想に近い形になったと思います。
本当はもっと和食寄りにして、鶏だけでなく魚も多く扱いたいという気持ちもありました。でも、一人で調理をすべてこなすには、メニューは絞った方がいいと判断して、最も扱い慣れている鶏をメインにすることにしました。
いわゆる「焼き鳥屋」ほど多くはありませんが、お客様のリクエストもあって、何種類かの焼き鳥はご用意していますよ。




ーー店名は安居さんのお名前からつけられたんですね。ちょうちんに描かれているロゴが印象的です。
店名はいろいろ考えてみたんですが、知り合いが来てくれた時に「僕の店だ」とすぐにわかるように、この店名にしました。ロゴは施工会社の方に希望を伝えて作ってもらったものです。
店名のロゴに「直」という字の落款が押してあるのですが、実はこれ、僕が小学生の時に図工の授業で作った物なんです。たしか象形文字を見ながら作った記憶がありますね。まだ手元に持っていたので、店名に活かしてみたんですよ。


ーーすごく物持ちがいいですね(笑)!!まさか大人になって使うとは思ってなかったでしょう。
本当にそうですね(笑)。オープン当初はそのロゴ入りのちょうちんを店頭にかけていたんですが、店はビルの奥まったところにあるので、そのサイズでは表の通りから見えなかったんです。しかも「やすい直」という店名だけでは、何のお店かわからなかったこともあって、最初は集客に苦労しました。メニューを貼ってみたり、いろいろ試行錯誤しましたね。今は通りから見える場所に、「鶏」と大きく書いた、目いっぱいのサイズの提灯をかけています。これに変えてから、お客様が入ってくれるようになりました。やっぱり、目立つことって大事ですね。
ーー今後、お店はどうしていきたいですか?
うちの店はアルバイトのスタッフがとてもよくやってくれるので、任せられる部分は任せています。もちろん、要所は僕がしっかり見ていますが、おかげで手が空く時間も増えてきました。
今後は、季節感のあるメニューをもっと強化していきたいですね。オープンして11年が経ち、だいぶ落ち着いてきて、お店の状態もとても良いです。味付けや盛り付けも日々微調整やアレンジを加えながら、丁寧に、質を落とすことなく提供していきたいと思っています。
メインの鶏料理を中心に、お客様を飽きさせないよう、さらにレベルアップしていきたいですね。
「一人ではやってこられないし、ここまでやってこられたのも“運と縁”のおかげ」と話す安居さん。終始謙虚に語られる姿が印象的でした。安居さんのぱっと見はまさに“和食の板前さん”なのですが、イタリアンのお店で働いていた過去はとっても意外!今はときどき賄いでイタリアンを作ることがあるそうです。(食べてみたい…!) 丁寧で美味しいお料理に昭和歌謡が流れる落ち着いた空間。誰と訪れてもきっと満足してもらえるお店だと思います。ぜひ一度足を運んでくださいね。(文:上山/写真:山本)
酒・鳥・旬菜 やすい直(なお)
京都市中京区三条通室町西入衣棚町59-1 サンク三条 1F
075-231-8580
定休日 日曜日・木曜日
営業時間 18:00〜23:00(ラストオーダー 22:00)
※掲載内容は取材時のものです。最新情報は念のため店舗公式の情報をご覧ください。