両親の姿が今日の1杯につながる「珈琲 蔦家」
生け花の発祥の地として知られる六角堂から東へ数十歩進むと、木彫りの看板が掲げられた「珈琲 蔦家」さんがあります。シックで重厚な雰囲気ただよう蔦家の店主・古元さんにお話をうかがいました。
ーー何年前から営まれているのですか?
36、7年前からです。神戸出身なんですが、親父が『茜屋珈琲』のご主人と友だちで、ノウハウを教えてもらいながら『ふるもと珈琲店』という喫茶店をやってたんですよ。お袋がメインで、親父は別の仕事をしながら手伝ってました。
だからかなぁ、僕の結婚を機に、両親から「喫茶店をやるか?」と言われ、突然やることになってね。僕自身は、珈琲の淹れ方なんて一切勉強していなくて、教えてもろうたこともないんですよ。いざ自分が店のオーナーになる時に、どうしたもんかなぁと悩みました。
ーーなぜこの場所にお店を?
両親が京都好きで毎年、3〜4回遊びに行ってはったんです。その時、お世話になっていた個人タクシーの人のつながりで、両親がこの場所を見つけてきたんですよ。僕の知らないところで開店に向けて話が動いてましたわ(笑)。
以前はケーキ屋さんだったお店を少し改装して、今の店内ができあがりました。入口のガラス扉や木製カウンターなど、一部交換・張り替えをした以外は、開店当時のままなんですよ。
冷めても口の中に香りが広がる珈琲
ーー珈琲を淹れる手際が良すぎて驚いています。
適当に淹れてるように見えるでしょ?(笑)オーダーを聞いてお客さんに出すまで平均1分半くらいかな。ちゃんとリズムを取ってお湯を注ぐ回数も数えているんですよ。
ドリップする時は、ゆっくりお湯を回し入れるイメージかもしれないけど、僕の場合、おもしろい言い方をすると、ポットの先を押してるんですよ。お湯の勢いで豆が勝手に対流するから、ちゃんと抽出できる。
珈琲を淹れる知識・経験なんてなかったから、ふるもと珈琲店でスタッフの姿を見て、見様見真似で練習しました。それで、このやり方ならいけるんちゃうかって見出したのが、今のスタイルです。
ーー店内にたくさんのティーカップが飾られていますね。
これは茜屋珈琲のスタイルで、ふるもと珈琲店も同じように高級なティーカップを使っていました。蔦家にある洋食器は親父と二人でコツコツ集めたものです。ウェッジウッドとか今、お店に飾ってあるものだけで200個近くはあるでしょうね。
珈琲をお出しする時、お客さんの雰囲気を見てティーカップを選ぶんですよ。ポイントは、服の色。嫌いな色の服は着ないでしょ?私が選ぶティーカップを楽しみにしてくれるお客さんもいらっしゃって、嬉しいですよね。
ーー珈琲にはどのようなこだわりをお持ちですか?
僕のコンセプトは「冷めても美味しい珈琲」なんです。少々冷めた時でも口の中に香りがぶわ〜と広がる珈琲をお客さんに出したくて、豆やブレンドからこだわっています。アイスコーヒーは、アイスコーヒー用に焙煎などを変えてお出ししています。それくらいこだわって個性出さないとダメですね。
ーーそのコンセプトは開店当時からですか?
そうですね。開店当時は、ふるもと珈琲店のレシピで珈琲を淹れても、自分で思ってる味と違うんですよ。コーヒー豆業者の工場長に僕が思ってる味のイメージを伝え、オリジナルを作ってもらったんです。数種類の試作品の中から「これ!」と指名したら、工場長が頷いて「よし、作ったるわ」と。実はその時、僕、テストされてたんですよ(笑)。味とかほんまに分かってるのか?と。ビビりましたね。でも良かった。今のブレンドはその当時から変わっていません。
珈琲 蔦家の「家」に込められた愛
ーー店名の由来を教えてください。
お袋の名前が由来なんです。蔦子っていうんですけどね。お袋はこの店ができる前に亡くなったので、店内装飾や僕がお客さんに珈琲を淹れる姿は見てないんですよ。珈琲店をやっていたお袋だから、僕がオーナーになるこの店を蔦子の家にしようと思いついて、「珈琲 蔦家ってどうや?」と親父に相談したら「それええなぁ」と即決でしたね。だから屋根の「屋」ではないんですよ。蔦子の「家」なんです。
ーー素敵な店名ですね。蔦家さんはずっとご夫婦でされているのですか?
そうです、基本的にうちの母ちゃんと二人ですね。僕が珈琲を淹れて、母ちゃんがケーキを作る。アルバイトが入った時は、まず最初に珈琲を淹れる姿を見せて、やらせて、できたら褒める。それをずっと続けていたら、人間は育つんですよ。
僕の好きな言葉に、山本五十六*の「やってみせ 言って聞かせて させてみて 誉めてやらねば 人は動かじ」というのがあるんです。アルバイトでも子育てでも同じで、何事も経験させることが大切だと思っています。
*太平洋戦争開戦時の連合艦隊司令長官
ーーなるほど。経験から得られることは多いですものね。
いつも若い子らに言うけど、教えてもらったことは人に話せって言う。受け売りでもいいから話すことで、最初は教えてもらった人の言い方だけど、だんだん自分の言葉になってきたら、それはもう自分のもんなんです。知識は減らへんから。それは常に言いますね。
あとは、してもらったことに対して当たり前と思うなよと。ご飯を作ってくれる、洗濯をしてくれるなど、自分なりに全部感謝して「ありがとう」と言うことが大切だと、うちの子どもたちに言って育ててきました。
ーー喫煙可のスタイルを取られている理由は?
喫茶店って「喫煙」に「お茶」って書くでしょ。それで、時代は変わっても喫煙可を続けていこうと思ったんです。僕自身、タバコを吸っていたので喫煙者の気持ちが分かるのも理由ですね。今、タバコを吸う場所は限られていますから。なので、僕の店は20歳未満の方は入れないんです。
人生における心得も学べた貴重な時間でした。古元さんが淹れる珈琲と奥さまのお手製のケーキ、そしてお二人の気さくな人柄にすっかりファンに。なんて素敵な場所なのだろうか。古元さんの目の奥に感じる人間としての優しさは、珈琲 蔦家さんの居心地の良さそのものでした。(文:武藤/写真:山本)
珈琲 蔦家 店主 古元 衛さん
兵庫県生まれ。結婚を機に、両親のすすめで未経験から喫茶店のオーナーに。最近の趣味は、アニメ鑑賞とミニカー集め。夫婦円満の秘訣は、感謝し喧嘩をしないこと。
珈琲 蔦家
京都市中京区東洞院六角御射山町260ロイヤルプラザ1F
TEL 075-255-5727
定休日 日・祝
営業時間 [月〜金]9:00〜18:00 [土]11:00〜16:30
※臨時休業や営業時間が変更になる場合があります。
※掲載内容は取材時のものです。最新情報は念のため店舗公式の情報をご覧ください。