京都の喫茶店を支え続ける「玉屋珈琲店」、目指すは100年企業
京都の台所・錦市場から堺町通りを北へ曲がると見えてくる「玉屋珈琲店」。1950年に創業後、京都の喫茶店を支え続けてきた珈琲店です。朝早くから焙煎作業をしているという店内では、一日中コーヒーの香ばしい香りが漂っていて、コーヒー好きにはたまらない空間。スタッフ全員がブレンドのスキルを持っているという玉屋珈琲店の統括部長・𠮷川博之さんと、店長・森川健太さんにお店の成り立ちやコーヒーへの想いをお聞きしました。
一般家庭にコーヒー文化を
――まずは、お店のことを教えていただけますか。
𠮷川さん:創業は1950年です。現在は二代目の久雄社長が継がれていますが、起業したのは先代で、その頃からコーヒーや紅茶、ココアなどの販売を行っています。創業当時は木屋町に店舗があったのですが、その後高倉錦に移転し、1967年に今の場所に移りました。
――2度移転されているんですね。創業70年以上と歴史がありますが、コーヒーに着目された理由はなんだったんでしょうか?
𠮷川さん:おそらくですが、戦後に日本に入ってきたアメリカ文化も影響したと思います。最初は代用コーヒーとして大豆などを使用し、コーヒー豆100%ではなかったようですね。以前のコーヒーは高級品でしたし、ココアも代替え品が主流だったので。卸しに行く際も苦労されたと聞いています。(編集部注:コーヒー豆の輸入が再開したのは1950年頃)
――苦労をしながらも続けて来られたのは、「コーヒーを一般家庭に広げていきたい」との思いがあったのでしょうか?
𠮷川さん:そうですね。いまやコーヒーは一般的に広がり、比較的リーズナブルに楽しめますが、昔はコーヒー一杯が昼ご飯と同じくらい高かった。それがだんだん嗜好品として一般にも定着していきました。いまうちで取り扱っている商品は、レギュラーコーヒー、オーガニックコーヒー、アイスコーヒーなど合わせると12、13種類ほどあります。
――京都は喫茶店も多いですし、パン好きがたくさんいることでも有名なので、コーヒー文化が根付きやすかったのかもしれないですね。
𠮷川さん:確かにそうですね。創業以来、うちは喫茶店を中心にコーヒー豆を卸してきたので、「京都の老舗の喫茶店を支えてきた会社」とも言っていただいているんです。いま取引をしている喫茶店は京阪神で200店舗にのぼり、全国を含めるともっと多くの喫茶店にコーヒー豆を卸しています。京都だと河原町四条の「築地」さん、神宮丸太町の「ジャズ喫茶ヤマトヤ」さん、烏丸御池の「ユニオン」さんなどがうちの珈琲豆を使ってくださっています。また、河原町三条の「六曜社」さんには生豆を卸しています。
こだわりはブレンド力、一人ひとりの好みに寄り添う
――お店のこだわりを教えてください。
𠮷川さん:まずはブレンド力ですね。うちでは、お店だけじゃなくて個人のお客様にもブレンドを提供しています。苦みやコクの深さなど、その人の好みを聞いて、要望に沿ったコーヒー豆を提案しています。個人のお客様にもオリジナルのブレンドコーヒーをお作りするのは、大きな会社では出来ないサービスだと思っています。もちろん、一度のやり取りでは好みをご提案するのは難しいので、何度かやり取りを重ねる必要はありますが。まずは、うちのレギュラーブレンドを飲んでいただいて、そこにどんな味を追加したいかお聞きしながらブレンドしていきます。
――それは嬉しいサービスですね。お客様ひとりひとりに寄り添っていらっしゃるのが伝わってきます。ブレンドは焙煎士さんがされるんですか?
𠮷川さん:うちのスタッフはみんなブレンドが出来るんです。ですので、スタッフ全員がお客様の好みに合わせた豆を提案できます。社員6人と小さな会社なので、テスト焙煎したものをすぐにみんなでテイスティングして、「この国のこの豆はこんな味」と勉強会を重ねながらブレンドの知識を身に着けています。あと、一度来店されたお客様の好みは情報として残しているので、みなさまの好みを社内で共有しながら、ブレンド内容を提案しています。
――すごい、みなさんにブレンドスキルが! それぞれ資格をお持ちなんでしょうか?
𠮷川さん:実は、焙煎士という資格はないんですよね。全日本コーヒー商工組合連合会がすすめる「コーヒーインストラクター検定」などはありますが。先ほどもお伝えした通り、うちでは頻繁にテスト焙煎のテイスティングをしているので、みんなでコーヒーの味の違いを話し合っているうちに、自然とブレンド力がついていきました。たくさんコーヒーを飲んでいるので、「美味しいコーヒー」の基準や認識をみんなが分かるようになりましたね。
――みなさん経験を積むなかでスキルを身に着けていかれたんですね。玉屋さんといえばオーガニックコーヒーのイメージがありますが、こちらを取り扱うようになった経緯を教えていただけますか。
𠮷川さん:現在の久雄社長が就任してからオーガニックに着目しました。今から30年ほど前ですかね。いまや弊社の売上の半分がオーガニックです。当時、社長の知人がオーガニックや有機農業分野の拡大に力を入れておられて。そこからオーガニックコーヒーを紹介していただきました。その当時、京都でオーガニックコーヒーを扱っている喫茶店は少なかったんです。でも、東京ではほとんどの喫茶店がオーガニックを提供していて。それなら京都でも根付くだろう、と営業に力を入れていきました。
――そうだったんですね。SDGsの観点からもオーガニックはいまや主流になりつつありますが、当時としては先見の明ですよね。オーガニックの魅力はどんなところですか?
𠮷川さん:現環境に良く、化学肥料を使わない安全安心なところが、オーガニックの魅力のひとつだと思います。実は当初、オーガニックはあまり美味しくなかったんですよね(笑)。改良を加えるうちに、美味しいオーガニックコーヒーが出来上がるようになりました。こだわりでもお話しましたが、うちはブレンド力がある会社でもあるので、いろんな豆をブレンドしながら美味しいコーヒーを作っています。オーガニックの豆は結構小粒なので、その豆で味をどう調整するかが苦労した部分でもあります。「三鷹の森ジブリ美術館」に併設されているカフェ麦わらぼうしさんも弊社でブレンドしたオリジナルのオーガニックコーヒーを使ってくださっています。スタッフさんがうちに来て一緒にブレンド作業したんです。
――そうなんですか!それはすごいです。関西を超えて日本全国で愛されているんですね。ちなみに豆はどこから仕入れているんですか?
𠮷川さん:現国内の会社から仕入れています。小さな商社なんですが。有機生豆の美味しさや鮮度の良さだけではなくて、担当してくれる営業さんが信用できるからやり取りを続けています。「JASマーク」がついているから安心、ではなく、顔を合わせて培う信頼感を大事にしています。
100年企業に向けて
――では、𠮷川さんが玉屋さんに入社された経緯を教えていただけますか?
𠮷川さん:大学卒業してからずっと同業他社で働いていたんです。ですので、コーヒー業界の職歴は長いですね。学生時代も京都市内の喫茶店の地図を書いて就活で活用したり、友人に配ったりしていました。北山エリアとかデートにおすすめの場所とかをまとめて。
――それだけコーヒーがお好きなんですね。
𠮷川さん:就職するならコーヒー業界かな、と思っていました。ということで、京都のコーヒーメーカーを探していたんですが、全て業務関連のお仕事が強くて。当時から、今後コーヒーは個人消費が増えると思っていたので、一般家庭でコーヒーを楽しんで欲しい、という想いを持って就職しました。実は、喫茶店を開きたいと思って独立を目指した時期もありました。
――なにがきっかけで玉屋さんに来られたんですか?
𠮷川さん:オーガニックコーヒーに興味があったからです。以前の会社よりも玉屋は小規模のため、自分のやりたいことが出来て、勉強したことが実現できるかもしれない、自分に合っているかもしれない、と思ったことがきっかけです。
――森川さんの入社のきっかけもコーヒーでしょうか?
森川さん:そうですね、もともとコーヒーは好きでした。いまはここの店長としてさまざまな業務を担当しています。営業をはじめ、営業事務、豆の加工や仕入れもやりますし、ブレンドも。
――業務が多岐に渡るんですね。お仕事の魅力や苦労などを教えていただけますか。
森川さん:先ほどもお伝えした通り、業務が日によって変わるので、充実した毎日を送れているのは魅力でもあります。コーヒーの魅力については、国によって味が違うので、飲み比べてコクや深みの違いを感じるのが楽しいです。
また、うちで働く焙煎士がいろんな国のコーヒー豆を持ってきて焙煎をするので、日課の味見も刺激になりますね。そこで新しい商品を開発しています。
――貴重なお話をありがとうございました。では最後に今後の展望を教えていただけますか。
𠮷川さん:社長とは「100年企業になりたい」という話をしています。74周年になるので、いよいよ100年が見えてきたな、と。我々はもともと、オーガニックコーヒーを広めていきたい、という目標を掲げていました。全体の売上に占める割合もどんどん大きくなっていて、オーガニックコーヒーの魅力をもっと磨き、玉屋の美味しさを知って欲しいと思っています。あとは、オーガニック農家が減りつつあるので、現在では、大きな企業から小さな商店まで、うちがオーガニックを卸している会社や喫茶店は全国にあります。地道な活動がオーガニックオーガニックの普及活動に繋がっていると思っています。今後は、若手の柔軟な発想を取り入れつつ、次世代のスタッフと一緒にどんどんと間口を広げていきたいです。地域のために貢献していきたいですね。わたし自身が経験したことやお客さんとのつながり、海外の経験なども含めて、次世代につなげていきたいとも思っています。
店内にある焙煎機を見せていただいたり、煎りたての豆を試食させてもらったり、貴重な体験をさせていただきました。スタッフの皆さんからコーヒー愛が伝わってきて、こちらまで嬉しくなる取材現場でした。お近くに行かれた際はぜひ玉屋珈琲店さんにお立ち寄りください。(文:西井/写真:山本)
玉屋珈琲店 統括部長 𠮷川博之さん
1964年 京都府久世郡久御山町生れ。趣味はテニスとゴルフです。
店長 森川 健太さん
1986年、兵庫県尼崎市生まれ。趣味は、自転車と食べ歩きです。
玉屋珈琲店
京都市中京区堺町通蛸薬師下ル菊屋町520番地
TEL 075-221-2710
定休日 土曜日・日曜・祝日 ※第3土曜日は営業
営業時間 8時半〜17時半
https://www.tamaya-coffee.co.jp/
※掲載内容は取材時のものです。最新情報は念のため店舗公式の情報をご覧ください。