
人懐っこいフランス菓子「トゥレ・ドゥー」
扉を開くと、温もりのあるバターの香りがふわりと迎え入れてくれました。ここは、三条新町の街角に佇む洋菓子店「トゥレ・ドゥー」。四半世紀もの間、地元から愛されるこの店には、「人懐っこいお菓子」が並んでいるのだと、店主の筒井智也さんが教えてくれました。

つくりたいケーキが、ホテルではつくれなかった。
――まず、これまでのご経歴を教えてください。
1992年から94年にかけて、ルクセンブルク、ベルギー、フランスで修行しました。帰ってきてホテルのシェフを5年ほどやってから、店を開きました。
—――ホテルで働きながら「独立したい」という思いは当時から?
その頃は、ずっとホテルで生きようかなとも思っていました。でも、やっぱり自分のつくりたいケーキがつくれないところにもどかしさを感じていて。原材料ひとつ変えるのも、現場の判断だけではなかなか難しいんですよ。そんな環境が退屈になって(笑)。自分の店を持ちたい、自分のケーキがつくりたい、という気持ちが強くなって、飛び出しました。

2つ星での勤務などの経歴を、まるで大したことでないように話す店主の筒井さん。
フランス菓子は「きらびやか」じゃなくて、もっと人懐っこいもの。
――筒井さんがつくりたかったケーキとは、どんなものなんですか?
まさに修行期間中に出会ったケーキですね。新鮮でいい素材を使ったお菓子は、香りもコクもまるで違うんです。だから現地に近いものをつくっていきたいし、そのために現地に近い素材を使いたいと、そういう思いがありました。
――現地の洋菓子と聞くと、高級できらびやかなお菓子という想像をします。
いやいや、フランス菓子って、もっと人懐っこいものですよ。日本で言うなら、最中や羊羹、おはぎみたいな類い。もちろん、うちのショーケースに並んでいるお菓子やいわゆるホテル菓子は、見た目にも楽しいように飾りをつけています。でもそれらのルーツだって、いっぱい遊んで、家に帰ったらおばあちゃんが焼いてくれる、日常の甘味です。
――その味が「トゥレ・ドゥー」のコンセプトになっている?
そうですね。日本で小豆を炊くように、フランスで手に入る素材をこねて混ぜて、お菓子を焼く。それが基本です。でも、その素材、つまり卵やバター、牛乳が、とにかく新鮮で味も濃厚で……。向こうは、お水もミネラルが豊富で、野菜を煮込むだけでも美味しいスープができるくらい。そんな素材を使ってつくるお菓子って、想像するだけでおいしそうでしょう?だから本場の味にこだわっているんです。
――ここはこうだ、というこだわりを一つ挙げるなら?
一つに絞るのも難しいし、全部話すと3時間はかかりますね(笑)。でも一番は、バターですかね。全部、発酵バターを使っています。マーガリンや防腐剤も使いません。譲れないこだわりですね。

ケーキも焼き菓子も、すべて発酵バターを使用。
――店内に入ると、一気にバターの香りに包まれて驚きました。
発酵バターと普通のバターは、焼いた後のコクがはっきり違う。香りが違うんです。向こうのお菓子も発酵バターを使っているから、何を食べてもおいしいんです。ただ、日本で発酵バターだけを使うのは、とてもコストパフォーマンスが悪いです。結局、儲からないことばっかりやってるんですよ(笑)。
――それでも現地の味にこだわり続けるんですね。
例えば、「オレンジケーキ」と言いながらオレンジの味がしない、みたいなことが嫌なんです。ちゃんと素材の味をベースにしたスイーツを提供したい。これ、うちで使っているオレンジなんですけど。色が濃くて濁っているでしょ。着色料を使わなかったらこうなるんです。

フルーツケーキなどに使っているオレンジ。濁ったような濃い色。
市販のスイーツのような、綺麗なオレンジ色ではないですけど、素材の味をおいしく引き出そうとするとこうなるんですよ。酸味も甘味も苦味も感じられます。こんなことばっかりしています。
「特別な日」じゃなく、「いつものご褒美」。
――日本ではケーキって、誕生日やクリスマスの“特別な日”のイメージが強いです。
フランスはもっと暮らしに近いですね。週末に教会へ行く文化があるんですけど、よほど熱心でないと、お参りだけだとつまらないじゃないですか(笑)。だから、教会のそばにあるケーキ屋さんで、自分へのご褒美に買って帰るんです。毎週の楽しみ、って感じですかね。

多種多様なチョコレートも、プチご褒美にはぴったりかも。
――日常のすぐそばにある、という。
そうですね。日本でも同じように親しまれるといいなと思いますけど、毎週ケーキを食べてくれる人は、まだ多くないですね。でも、そういう風に楽しんでくれる人が増えるといいなと思います。誰かのためじゃなくて、自分のためにケーキを買ったっていいんです。
26年続けてきて、うれしいのは「親子二代」の顔。
――独立するにあたって、三条新町を選ばれたのにも理由があるんですか?
地元なんです。実家もすぐそばで。京都に住んでいると、祇園祭って憧れじゃないですか。クラスメイトが鉾に乗って鉦(かね)や太鼓を慣らしているのが羨ましくて羨ましくて……。だからその祇園祭の中に店を持つということは、子どもの頃の夢が叶う感じでした。
――祇園祭に合わせた取り組みもされていると。
祇園祭の山鉾の巡行を見ながら、簡単なランチを食べる会を毎年開いていますよ。7月17日ですね。自分のルーツである京都とフランスが重なるのは、何度繰り返しても面白い瞬間です。
――日常的なお菓子というコンセプトに加えて、京都愛も深いお店。常連さんも多そうです。
そうですね、すごく支えてもらっていますし、お客さんとの会話も弾んで楽しいです。一番嬉しいのは、子どもの頃に来てた子が、大人になって、今度は子どもを連れて来てくれる瞬間です。あれは本当に嬉しい。やっててよかったなって素直に思える瞬間ですね。
――逆に続けることの難しさを感じた瞬間もありますか?
毎日です。人を喜ばすばっかりで、お金持ちにはなれない(笑)。でも、ケーキを食べて喜ぶ顔をじかに見られるのは、生きていく糧になる。自分のつくったものを嬉しそうに受け取るお客さんと毎日出会える。そんな仕事、なかなかないと思います。
――本当に素敵だと思います。次の目標も、あるんですか?
よく聞かれるけど、もうやりたいことは全部やったんです。大好きな京都の街角で、自分が愛したケーキを焼く。それを求めて地元の人が店に寄ってくれる。少しお話しして、ケーキを渡す。それを繰り返しているうちに、いつの間にか自分の店が、京都の景色になった。こんな幸せなことってありません。強いていうなら、今を続けること。これからも京都の街に溶け込む、地元から愛されるケーキ屋さんでありたいなと思います。

トゥレ・ドゥーの外観。26年、京都の景色になった筒井さんのお店。
取材中、何度も出てきたのは「日常」と「素材」という言葉。派手な飾りや、わかりやすい味だけにとらわれすぎず、目の前の人に、自分が信じた“おいしいケーキ”を届ける。その積み重ねが、気づけば街の景色になる――そんな26年を、ショーケースの香りが静かに証明しているようでした。(文:大村、写真:山本)
トゥレ・ドゥー
京都市中京区三条通新町角
定休日 水曜
営業時間 月・火・木・金:11:00〜17:00、土・日:13:00〜14:30、15:00〜16:30
http://www.touslesdeux2001.com/
※掲載内容は取材時のものです。最新情報は念のため店舗公式の情報をご覧ください。







